ちょっと抜け出せた

心だけは豊かでありたいと思えた。そう思える自分がいたことに安心した。そうだよ、豊かで優しくありたいよ。毎日つらかった頃に比べて、今はとても生きやすい。健康でもある。負の感情と戦うことがなくなって、毎日たのしくないなと思いながら生きている。たのしくない。今まで自分のことをどうにかしようと必死だったからね、退屈だなと思えるなんてよかったね、と思う気持ちはあって、当分はこのままでもいいんじゃないと思う自分もいる。けどここから頑張るんだよ!だって心が腐りかけている!

しんどかった時のほうが、人のことを考え、人に優しく、心が動いていたのは確かだけど、いまはあまりしんどくないから、ぜんぜん人のことを考えず、自分にも他人にも冷たい。しんどいから人に優しくなれるとかではなく、しんどくつらくなれではなく、何と言うか今は、努力をしていないのだ。もっと想像して考えて優しく豊かに生きていきたい。スマホやめたい。人の話をちゃんと聞きたい。会話については上手く話せないことに悩むことは減ってきて、どうしたら楽しく話せるんだろうとか、聞きたいことや言いたいことが伝わるんだろうとか、冗談を言えるようになりたい、ふざけられるようになりたいとか、そんなことを思うようになってきた。大丈夫、まだ心は腐っていない。優しくなることは永遠に無理だろうけど、やっぱり優しくなりたい。

近頃はいかがお過ごしですか。私は元気でありませんが、元気っていったい何なんでしょうか。心と体めっちゃ動きます!というのを元気とぼんやり捉えてきたのですが、それって結構ハードル高いな。

元気の状態…なんの負担なく人に挨拶できる

が、いいかもしれない。

ぜんぜん元気が出ないです。元気な時は異常であるという感覚が、中学生くらいからある。けどもそれは元気の定義が自分に合っていないとか、事実より気分を優先してしまうこととか、楽しいことやよかったことを大事にできないことも関係している気がする。

ねえみんな本当に大丈夫ですか。しんどすぎやしませんか。しんどい気分です。人にやさしくできないです。仕事うまくいかないです。なんも楽しくねえです。人生がしんどいのはいいけど、生活がしんどいのはだめだ。うまくいくように頑張ろうともできないよ。でもやるしかない。けどまず生活がつらすぎる。でもやるしかない。うわーーー!!むり!!!!だけど!!だけどよお!!

生活力が欲しい。歯磨きお風呂等の身だしなみはできている。片付け、掃除、料理。少しづつやろう。劣等感がごりごりとHPを削ってくる。生活をやりたい。おばあちゃんいつもありがとうすぎる。

生きていけますように。友だちに元気の定義を聞いたら、幾分か心がゆるんでよかった。

 

 

もっと言葉を使わなきゃと思うようになってきた。うまく話せないから態度だけは良くしようと努めてきたのだけれど、「黙ってちゃ分からないよ」と困らせたことが多くある。態度を良くすることについては自分なりに考えてやってきたところもあって、「ごめんなさい面白いこと言えないですが態度だけは良くするので存在させてください」と自責的に頑張っていた部分と、「あなたはここに存在していますね」と伝えるために頑張っていた部分がある。しかし、世間話ってお互いに敵意がないことを確認するものらしいと気づいた今、言葉を使わないと意見と見なされない、言葉を使わないと仕事が進まないと分かった今、うすうす勘付いていたけどこれじゃ今後しんどいぞと思ってきた今、新しいコミュニケーションの方法を実践しないといけない気がしてきた。

世間話に言葉が出てこないこと、仕事を進めるのに必要な確認事項を上司に確認するのが怖い(言葉を出したくない)こと、利用者さんと面談しているときに言葉が出てこないこと。話し下手という要素もあるけれど、それだけじゃなくて、言葉にして伝えるのを怠けているような気もする。

まず自分に向けて言葉を尽くせていないように思う。こうやって文章を書くのもときどきになってしまい、自分のこと分からなさすぎるし社会のことも分からなさすぎるし、自分を知るっていってもネガティブなことばかりキャッチしてしまうから仕事で失敗した自分とかばかり思い知らされるし、ネガティブな言葉ばかり自分に使っているから、他人になにを声かけていいのか本当に分からなくなる。自分の持っている優しさは誰かからもらったものだと思っているけど、言葉についてもそうなのか?だとしたら周りはとてもやさしいが、自分に対して厳しい言葉しかあげられていない。

自分にやさしい言葉をかける。恥ずい。セルフケアってむずかしいというか恥ずかしいというかこんな自分が自分を甘やかしてどうするんだ、肯定することはあるといえばあるが、本当に否定しないといけないことがあってそちらの方が緊急性が高いからどうにかしたい、けどすぐどうにかできることではない、これは自己信頼の欠如である、自分の現実を知りながらひとつずつやるしかない、でも理想を夢見て厳しい言葉を吐いてしまう。

というのはあるけど、自分にやさしい言葉をかけてやろう。本当に嫌だけど、それが他人へのやさしさにつながるのであれば本当にがんばる。

ということで実践する。

今日はとにかくイライラしたが、かおるちゃんに貰った紅茶を淹れて飲んだら少し落ち着いた。よくやった。

 

私は暗いことはツラツラと書けるが、楽しいことは3行でリタイアする。これも訓練だ。がんばりたくない。自分を褒めたくない。が、やるしかない気がする。

お元気ですか。こちらは元気ではありません。うそです。昨日は藤井隆さんのコンサートに、今日は好きな漫画家さんのサイン会に行きました。サイン会はもっと漫画家さんに愛のある人が行くべきだったととても後悔していて、すべての楽しかったことをじわじわと無かったことにしてしまうくらい、後悔が強い。

こんなことはもう嫌だと思う。私は自分の好きなものに自信がない。話が逸れるというか自分を貶すターンに入ってしまうが、自分の嫌いなものもよく分からず、いま日本で起こっていることも、世界で起こっていることも分からず、それが恥ずかしくて堪らない。世間知らずを恥じる割には、ちゃんと新聞読んだり勉強をせず、そのことも恥ずかしくなって、何に対しても私は分かりませんごめんなさいとコミュニケーションや理解する努力を放棄してしまう。

自分を責めることばかりに時間と労力を使うのをもうやめたい。どんなことが好きで興味があって面白くて、どんなことが嫌いでやりたくなくてやめていた方がいいのか、いま日本ってどうなってんの、戦争ってどうなってるの、人と関わるってどういうことなの、そういうことを考えるのに時間を使いたい。自分の無知を思い知らされるし、どれだけ怠ってきたか知ることになるし、まず考えるのはとても苦痛だ。

自分を責める時間を減らしていきたい。規則正しい生活をしたい。規則正しい生活は自分を大事にするため。それから考えることを頑張ろう。

楽しむこと、それがどれだけ楽しかったか表現するのが下手くそだ。でも練習すればきっとよくなる。

試験対策講座を受けに久しぶりに専門学校に行った。講座中は平気だけれど、休憩時間や講座終わりは少し緊張した。そうだな、無にしていたんだなと思い出した。かつての通学路を歩いていると嫌な記憶が湧いて出てきて、いやいや楽しいこともあったじゃないかと言い聞かす。おだやかな、平気な気持ちで登下校をしたことはない。大きな川の橋を渡りながら、この川に携帯ぶん投げてえと帰り道に何度思ったか誰かに思い知らせてやりたい、とか悶々としていると、逃げるようにして移り住んだ地でも仕事からの帰り道、池に携帯ぶん投げたくなったことはいつもではないがあることに気付き、どこにいても一緒じゃないかと思った。どこの道でも歩くのはそわそわする。旅行したってずっと自分のことばかり考えていて、どこにいたって一緒なんだよとか、学校終わりで疲れているのもあってすごく悲観的だった。

変わりたいなと思う。堂々と生きたい。みんなどんな感じに生きているんだろう。私は恥ずかしく、どこか浮いている感じがして、時々当事者意識をどっかにやってしまって、継続していてこれからも続いていくだろう人間関係の中にいることがときどき怖くなる。いま、人の表情や気持ちや言葉や行動を見て考える必要のある仕事をしているが、私はそんな風に人から見られることは恐怖であって、でも生きている限り支援者-被支援者の関係でなくても発生するものであって、私はそれをずっと受け入れられていないのだと思う。いまは暗い気持ちだから暗いことばかり書いている。怖いんだよな。

ノーダメ出し日記

10/18(金)

振休でお休みをいただいて、美容室に行った。肩のちょっと下ぐらいのセミロングの髪を、顎ラインのショートカットにしてもらった。美容室への苦手意識は年々減っていて、自分をケアする大事な機会とすら思っている。

「PayPayで」とレジで支払うあの一瞬の隙に、「上沼恵美子ってPayPayに50万いれてるらしいですよ」「50万ってそんな要ります?不安なんですかね」と挟み込んでいたお客さんがいて、何か感動した。他愛のないことを人に話すこと、話そうとすることを、私は久しくしていない。

10/19(土)

姉に赤ちゃんが産まれ、来週赤ちゃんが実家にやってくる。そのすばらしき赤ちゃんを一目見ようと、おじいちゃんおばあちゃんを連れて会いに行くことになった。実家までは車で行くのだが、高速道路に乗る必要があり、教習所以来高速に乗っていない自分にとっては重大ミッションである。ということで、母に電車でこちらまで来てもらい、高速に乗って実家に行く練習をしてもらうことになった。助手席に母。車中に蚊が2匹。母も私も蚊を殺すことに気をやれず、お互いに4箇所くらい噛まれた。明日は1人で高速に乗ることになる。

10/20(日)

1人で高速に乗らなかった。今度は父が助手席に座り運転した。合流地点にハラハラする。夜ご飯はすき焼きだった。おじいちゃんおばあちゃんは皆んなが来るとなるとご馳走をたんと作って待っている。あまり箸がすすまなくて申し訳なかった。明日は怖いが、どうにかなる。対策ができてないから怖いんだよ、いい加減…ノーダメ出し日記のため、ここまでにしておく。

 

気づきメモ🐳

自分のいいところを受け入れることが当面の課題かもしれない。

やりすぎ都市伝説は、説を披露しているときがいちばん面白い。

もう喋れなくていいやと思い始めてきて、一切のコミュニケーションを辞めたい気持ちになっている。挨拶するのはいつだってこわく、どうやって振る舞えばいいのか喋ればいいのか分からない。自分を知ってほしいとか、自分のことを喋るとか、よく分からなくなってきたが、抱えることが限界になってはこうやって書いてしまう。ずっとうじうじしている。よかったことは必ずあるのに、どうしたってうじうじしている。こんなんじゃ嫌だとも思わなくなってきたけど、1日の面白かったこと、よかったことは大切にできるようになりたい。自分は喋れるようになりたいのかというと、いまはなりたくない。疲れているのかもしれない。ひたすらに自分が嫌で、しゃべればもっと自分の嫌なところが見えてきてしまうことが耐えられないから喋らないのかもしれない。しゃべることに心が伴わず、ずっと伴っているわけではないことも分かっているが、なんてからっぽなんだと思う。知らないことが多すぎるし、意見を求められても何にも言えない、暗くてごめんなさいと暗い態度をとる。

 

返信

おもしろく生きていきたいし、やりたいことやりたいし、いまいちばんしたいことは青春です。本当に仕事できなくてやばいが、やばすぎたらいつかクビにしてくれるから大丈夫。上司は敵ではない。がんばろう。たのしいことをちゃんと味わうべし。